「月」は『平家物語』において単なる情景ではなく、人物の情感を照らし出す存在として描かれています。例えば信連(のぶつら)が高倉宮(たかくらのみや)を守るために孤軍奮闘する場面は、満月の夜の出来事です。
この情景について批評家の小林秀雄はこう評しています。「彼は月の光を頼りに悪戦するので、月を眺める暇はない。しかし、何んと両者は親しげに寄添うているか」
戦いに集中する信連と、静寂に佇む「月」との間に生まれる無自覚な親密さ。物語における「月」の象徴的な役割が鮮やかに浮き彫りになっています。
現代に生きる私たちにとっても、平家琵琶は「月」のように身近な存在になってもらえるはずです。ひとりの夜、琵琶の音色に耳を傾けながら眠りにつく。あるいは、どうしようもない悲しみの中、物語に涙する。
手の届かない古典芸能としてではなく、日常のなかで平家琵琶の語りを聴くこと────それは過去が現在に、物語が現実へ、ゆるやかに重なり合う体験。「月と琵琶」プロジェクトは、平家琵琶が「生きている芸能」として 日々の生活に根ざすことを目指します。
(出典:小林秀雄『考へるヒント』所収「平家物語」)