「月」は
『平家物語』において
たんなる情景ではなく
人物の情感を照らし出す存在として
描かれています。
たとえば
信連(のぶつら)が
高倉宮(たかくらのみや)を守るために
孤軍奮闘する場面は
満月の夜の出来事です。
この情景について
批評家の小林秀雄は
こんなふうに評しています。
「彼は月の光を頼りに悪戦するので、
月を眺める暇はない。
しかし、
何んと両者は親しげに寄添うているか」
戦いに集中する信連と
静寂に佇む「月」との間に生まれる
無自覚な親密さ。
物語における「月」の
象徴的な役割が
鮮やかに浮き彫りになっています。
* * *
現代に生きる私たちにとっても
平家琵琶は
「月」のように
身近な存在になってもらえるはずです。
ひとりの夜
琵琶の音色に耳を傾けながら
眠りにつく。
あるいは
どうしようもない悲しみの中
物語に涙する。
手の届かない
古典芸能としてではなく
日常のなかで
平家琵琶の語りを聴く。
過去が現在に
物語が現実と
ゆるやかに重なり合う体験。
「月と琵琶」プロジェクトは
平家琵琶が「生きている芸能」として
日々の生活に根ざすことを
目指します。
(出典:小林秀雄『考へるヒント』所収「平家物語」)